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130 変わる勇気

last update Last Updated: 2025-09-21 17:00:34

 直希は病室前の廊下のベンチで、文江と共に夜を明かしていた。

「新藤さん、今ならいいですよ」

 顔見知りの多い病院ということもあり、宿直医の了解が取れれば、中に入り栄太郎の様子を見れることになっていた。

「ありがとうございます。あの、じいちゃんは」

「大丈夫、落ち着いてますよ。それより暇だ、このモニターでテレビでも見れないのかって言って、看護師を困らせてるぐらいで」

「ははっ……すいません」

 苦笑しながら頭を下げると、隣で眠っている文江に毛布を掛け直し、直希は病室へと入っていった。

 * * *

「……」

 ベッドに備え付けてある、装置の音だけがこだまする部屋。余り嗅いだことのない不思議な匂いの中、直希は医師たちに頭を下げながら、栄太郎のベッドへと足を運んだ。

「……じいちゃん、調子はどうだい」

 直希が声を掛けると、栄太郎は目を開けて弱々しく笑った。

「見ての通りだよ、全く……情けないったらありゃしない」

「ははっ……じいちゃん、あんまり先生たちを困らせちゃ駄目だよ」

「困らせてなんかいないさ。わしほど言うことを聞く患者、そうはいないだろうて」

「ほんとに? さっき先生が言ってたよ。暇で仕方ないってぼやいてるって」

「愚痴ぐらい勘弁してくれって。暇な物は仕方ないだろ」

「確かにね、ははっ」

「今は……何時ぐらいなんだ」

「夜中の2時だよ」

「2時……と言うか、夜中だったのか」

「うん、そう」

「こんな部屋の中にいると、時間の感覚がおかしくなっちまうな。昼なのか夜なのかも分からん」

「まあ、照明は昼間とあまり変わらないからね」

「飯でもあれば、それなりに分かるってもんだけどな」

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     直希は病室前の廊下のベンチで、文江と共に夜を明かしていた。「新藤さん、今ならいいですよ」 顔見知りの多い病院ということもあり、宿直医の了解が取れれば、中に入り栄太郎の様子を見れることになっていた。「ありがとうございます。あの、じいちゃんは」「大丈夫、落ち着いてますよ。それより暇だ、このモニターでテレビでも見れないのかって言って、看護師を困らせてるぐらいで」「ははっ……すいません」 苦笑しながら頭を下げると、隣で眠っている文江に毛布を掛け直し、直希は病室へと入っていった。 * * *「……」 ベッドに備え付けてある、装置の音だけがこだまする部屋。余り嗅いだことのない不思議な匂いの中、直希は医師たちに頭を下げながら、栄太郎のベッドへと足を運んだ。「……じいちゃん、調子はどうだい」 直希が声を掛けると、栄太郎は目を開けて弱々しく笑った。「見ての通りだよ、全く……情けないったらありゃしない」「ははっ……じいちゃん、あんまり先生たちを困らせちゃ駄目だよ」「困らせてなんかいないさ。わしほど言うことを聞く患者、そうはいないだろうて」「ほんとに? さっき先生が言ってたよ。暇で仕方ないってぼやいてるって」「愚痴ぐらい勘弁してくれって。暇な物は仕方ないだろ」「確かにね、ははっ」「今は……何時ぐらいなんだ」「夜中の2時だよ」「2時……と言うか、夜中だったのか」「うん、そう」「こんな部屋の中にいると、時間の感覚がおかしくなっちまうな。昼なのか夜なのかも分からん」「まあ、照明は昼間とあまり変わらないからね」「飯でもあれば、それなりに分かるってもんだけどな」

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